カテゴリ:>Movie( 4 )
>>Dogville
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ひさしぶりに時間が空いたのでDVDを数本借りてきて観ている。
まずはじめに観たのは、以前から気になっていた『ドッグヴィル』。役者たちを心理的に追い込むのはディレクターであるラース・フォン・トリアーの十八番だが、今回も巧みに追い込むことに成功している。だいたいが映画というよりは演劇に近いのもこの監督の特徴。この映画のなかでは物理的な境界面を、わざと「描かない」ことで、その意味を改めて問うている。
本来ならそれぞれの場所には家が建っていて、当然そこには壁があり、扉があり、内部空間があるのだが、この映像の中でそれらはすべて取り払われてしまっている。そうした時に浮き上がってくるのは人の心の弱さだ。これは決して醜さではない。人は誰しも弱いのだ。そうすることでこの映画は、人間という生き物をもう一度愛してみようじゃないかと誘っているようでもある。
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by yuichikov | 2005-05-09 00:23 | >Movie
>>まだ見ぬ映画を推してみる--『Assisted Living』
a0023620_017325.gif近頃では公開前の映画でもネット経由で入手できるみたいで、実際に知り合いの中にも公開前なのに「ハウル見たー」と言ってたひともいた。そりゃあたしかにハッキリ言って映画の料金は高すぎると思うし、タダで見られるならダウンロードしてしまえというのも分からんでもないです。(著作権うんぬんはこの際ふれません)
ただ映画を見る楽しみってもっと別のところにあると思うんだ。たとえば、笑えるシーンでは映画館にいるみんなの「クスクス」という声がきこえたり、サスペンスだったら隣のひとが生唾を飲み込む音が感じられたり、そういう偶然同じ時に同じ映画を見に来た、いわばその場限りの同士みたいなひとたちと、その作品の持つ素晴らしさを共有することが、「映画を観る」ことの醍醐味なんじゃないかな。
要するに何が言いたいのかというと、この『Assisted Living』みたいな、まだ観られない映画がここにあるとして、その作品について「想像する」という習慣をもっと大事にしようじゃないかと。

タイトルの"Assisted Living"だけど、これはNYの老人介護施設のスタイルのひとつで、日本にある特別養護老人ホームとグループホームの中間的なもの。特に介護は必要ないけれど、日常生活に少しサポートが必要な老人達が住んでいるもので、施設に介護人が24時間体制で常駐している。この映画はそのアシスト役の看護人の青年を軸に、なにやら一筋縄ではいかなそうな老人達の日常や過去を紡いでいくのだろう。僕はすでにこの写真をみただけで「いいなあ」と感じ入ってしまった。
80年代風の少々サイケなサングラスをかけて楽しげに笑う二人には、いったい何が見えているんだろう?「はやく向こう側に行きたい」という衝動すら起こってくる。近頃は映画を制作する技術が飛躍的に向上し、現実には起こりえない映像も比較的容易に撮影できるまでになった。だからこそ、こういうマン・ツー・マンのやりとりのなかで起こる小さな奇跡に期待したい。

>>サントラを担当しているのはHub Moore。テーマ曲がとても素晴らしい。さわやかな音色が映画への期待に花を添えてくれる。
Assisted Living』の公式ページからも音源が聴かれるようになっている。
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by yuichikov | 2005-02-09 01:07 | >Movie
よく考えたら死んでます
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最近、ずいぶん久しぶりに映画ファイトクラブを借りてきた。
久しぶりに、とはいっても映画館とあわせたらこれで5度目になる。
いい加減飽きないのだろうか。毎回自分でも多少は疑いながら観るのだが、不思議と飽きることはない。
それどころか、観る度に体中の血液を全部取り替えられたように、気分が高揚する。

ただこれは決して「いい映画」などではない。観る者を欺き、挑発し、洗脳する。
汚くて、反社会的で、突発的にホラー映画のような場面を突きつけてきたりもする。
それでも、なぜかそれらの苦痛が快感に感じられてしまうのが、この映画の魅力ではないだろうか。

この映画とは、高校の頃一人でいった映画館で出会った。
衝撃を受け、すぐにチャック・パラニュークの原作も読んだ。
読んでみると意外にもにも映画以上に反社会的な表現が含まれていて、それが文章には似つかわしくない疾走感を伴い、文字と文字の間を駆け回っている感じだった。
しかし、原作と映画ではひとつ、大きくちがう点があった。後味、と言ったら分かるだろうか。

最初は、エンドロールがはじまる直前に、ああ、これでようやく幸福な瞬間が訪れようとしているのだ、と思った。
しかし落ち着いて考えてみれば、主人公は頭蓋骨を銃で打ち抜いたその瞬間、死んだ筈である。
映画ではこの直後、彼は呆然とするマーラの手をとり平然と言うのだ。

「出会ったタイミングが悪かったんだ」と。

死して尚、しっかりと立ったまま眼の前の光景を見つめていたのは、
もしかしたらこの言葉を、今この瞬間の生の喜びを観客である僕たちに伝えるためだったのかもしれない。
ぼくはこのシーンが大好きだ。
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by yuichikov | 2004-10-11 16:11 | >Movie
スチームボーイ
映画「スチームボーイ」を見て来た。
率直に言って悪い映画ではない。だが期待していたような映画ではなかった。
僕は大友監督のこれまでの作品(AKIRAなど)を見て来たわけじゃないから、
世界観に物足りなさを覚えたからといって批判なんかしてもしょうがないと思っている。
けれど、大友ワールドと言う言葉が定着してしまった以上、映画をみに訪れる客がそれを期待してやってくるのは当然のことだ。
しかも製作に10年を費やしたときいては、「見たことないものが見られるんじゃないか」と胸を膨らませてしまうというものである。
けれど、この作品には夢中になれなかった。
あれもこれも、どこかで見たことがあるようなものばかりだったのだ。
ストーリーもまるで「親子三代の戯れ」である。
子供の世代にむけて何かメッセージのようなものを発信したかったのなら、人の死があまりに軽薄だし、
逆にそこに面白さを求めるのなら明らかに子供騙しである。

主人公の心の成長を描けなかったことに、ひとつの要因があるように思う。
中盤、主人公は戦争に対する意識の浅はかさを、祖父に嗜められる。
しかし、その前後において、彼の心がどう動いたかが、伝わってこない。
人間の文明を支えて来た科学技術は、それ自体矛盾を孕むものである。
あたりまえのことほど、改めて訴えかけるのは難しい。
その困難さと映画の軽やかさとのギャップに、僕はちょっと冷めてしまった。
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by yuichikov | 2004-08-13 17:44 | >Movie